2010年6月17日木曜日

未来を考えるということ ~ドラえもんを例に~


僕たちMiraiProjectのメンバーは水曜日に日本科学未来館の「ドラえもんの未来展」に行ってきました!

さて、今回はドラえもんを例に「未来を考えること」について少し書いてみたいと思います。


皆さんは未来について考えたことがありますか?ドラえもんは22世紀からやって来ましたが、22世紀の未来について考えたことはあるでしょうか?

きっと多くの人はそういった経験がないのではないかと思います。または子供の頃はそういうことがあったけど、最近ではそういうことはなくなったというパターンも考えられますね。

藤子・F・不二雄さんがドラえもんを漫画で連載し始めたのは1970年。その頃に100年以上先の未来の世界を考えながらドラえもんは作られたということですね。何たる想像力!

そういった漫画家の方やSF作家の方などは未来の世界を考えることは多いかもしれませんが、別にそういった職業の方ではなくとも、昔は多くの人が未来の世界や暮らしに思いを馳せることは珍しくなかったのかもしれません。というのも、例えば戦後、日本が高度経済成長期の真っ只中である最中、人々の多くは明るい未来を想像していたのではないかと思っています。多くの人が明るい、そして豊かな世界を夢見て頑張っていたのではないでしょうか。

その後、日本は2度のオイルショックを経験します。このオイルショックが起こったあたりから人々は未来を想像しなくなったのではないか、僕は今のところそう考えています。オイルショックの意義として「社会全体がある程度豊かになった」という指標であるということはよく言われている話ですが、1つの時代の変わり目だったというわけです。

社会全体がある程度豊かになった、というのは目標が達成されたことを意味します。社会全体が貧しく、その貧困状態から脱出する、という問題解決型の「未来への希望」は達成されたわけです。その後、みんなが目標を見失ってしまったというわけです。次の「ゆたかな」社会というのはどういったものなのかが分からなくなってしまった。

「ゴールを見失ってしまった=未来を想像することがなくなった」というのは間違いないと思います。変化の激しい今を生きることに夢中になっていては、未来を想像するような余裕もありませんし、その来るべき未来の基準も分からないというわけです。どういう社会が「より良い」ものなのか分からないのですから。


…さて、ここでドラえもんの話に戻りますが、ドラえもんが連載開始は1970年。オイルショックの直前ですね。この年代では他にもかの有名な「2001年宇宙の旅」なども生まれています。70年代以前なら「鉄腕アトム」に代表される未来の世界を舞台にした話は多いような気もしますが、80年代以降はどうでしょうか。自分の知る限り、未来をポジティブに捉えた有名な作品というのはあまり耳にしません。未来を想像するような作品は減ってしまったからなのでしょうか。ここらへんから、いわゆるポストモダンの時代に突入します。

こういう時代になって「未来を考えるということ」は力や意味を失ってしまったのでしょうか?

僕はそうだとは思っていません。むしろ先が見えない時代だからこそ、未来を考える力というのは重要になってくると思っています。未来を考える時には人間はポジティブな気持ち、ワクワクするような気持ちで考えることが多いはずです。

元来「これがあったらいいなぁ」とか「あんな感じならいいのに」みたいな欲求みたいなものが新しいモノを生み出す力のはず。ドラえもんの道具を初めて見たときのあのワクワク感、そんな人間のポジティブなエネルギーこそが、未来を作るエネルギーなのだと僕は考えています。

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